BPDという問題 その6

話を本題に戻す前に、回り道をして論じておきたい問題がもう一つだけ残っている。
それは「青年期にBPDの症状がみられた場合に、それをどのように捉えるか」という問題である。
ここでいう青年期とは、思春期の発現から成熟にいたるまでの、身体的ならびに心理的発達が生じる時期をさし、具体的には男性では13歳頃から、女性では11歳頃から早期成人期に至るまでの期間をさしている。
アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-4-TRでは、充分な臨床的評価がなされること、症状の持続期間が少なくとも1年以上であることを条件として、18歳以下の患者に対してパーソナリティー障害という診断をつけるのを一応認めてはいる。
「一応」という断りを入れたのは、この基準をどのような場合に青年期の患者に当てはめて良いかについては依然として曖昧であり、多くを臨床家の判断に委ねていたためである。
実情はどうであったか。
青年期はパーソナリティーが発達途上にある時期であり、パーソナリティー障害の症状は、青年期後期あるいは若年成人期までは安定しないという、一般的なーしかし最近になるまでその当否が検証されることのなかったー通念に基づき、メンタルヘルスの専門家がこの年齢の患者に対して、パーソナリティー障害という診断をつけるのは、これまで比較的まれなことであったといってよい(Millerほか, 2008;Crawfordほか, 2008)。
この通念の当否を検証するためには、パーソナリティー障害だけでなく、青年期にみられるさまざまな精神疾患が、どのような形であらわれ、どのような経過を辿り、予後に対してどのような影響を与えるかについて、一般の地域住民を対象として長期にわたりフォローしていくような研究をおこなう必要があるが、これまでそのような研究はほとんどなされてこなかったのである。
「地域社会における小児研究(CIC : Children in the Community Study)」(Cohenほか, 2005; Crawfordほか、2005)は、そのような空白を埋めるものであり、青年期の子供たちが示す、パーソナリティー障害を含むさまざまな精神疾患の症状が、どのような変遷を示すかについて20年以上にわたり検証した、現在のところ唯一の研究プロジェクトである。
これはニューヨーク州の北部にある2つの郡の住民からランダムに選ばれた、749名の子供たち(とその母親)を対象として、DSMの1軸に分類される障害(パーソナリティー障害と精神遅滞を除く、さまざまな精神疾患すべて)と、2軸に分類される障害(パーソナリティー障害)の双方について、それぞれ症状の移り変わりを継続的に調査したものである。
この研究プロジェクトは、本来は子供たちの身体的健康と社会的、情動的、認知的機能についてモニターするための指標を開発する目的で、アメリカ政府主導のもとに1970年に開始されたものである(Koganほか、1977)。
そのプロジェクトに参加した子供たち(とその母親)に、新たな補正サンプルを追加した上で、DSMの1軸および2軸障害の前兆となるような因子を探る研究として再スタートを切ったのが1983年であり、その時点における子供たちの平均年齢は13.8歳であった。
対象者に対してはその後も中期青年期(16歳)、若年成人期(22歳)にフォローアップが行なわれ、当初の対象者のうち84%(629名)が参加した、最新のフォローアップ研究がおこなわれた時点における平均年齢は33.2歳に達していた。
このプロジェクトに関連して行なわれたさまざまな研究から得られた結果は、かなり興味深いものである。
地域社会における子供たちが示した、パーソナリティー障害のさまざまな症状は、一般的には早期青年期にそのピークに達し、9歳から27歳にかけて、年に約1%の割合で、ほぼ直線的に減少していく(Johnson, Cohen, Kasenほか, 2000;Crawfordほか、2006)。
一見したところ、これはパーソナリティー障害の症状が、若年成人期に至るまで安定しないという、これまでの通念を裏書きしたものに過ぎないように思われるかも知れない。
しかし話はそれだけでは終わらなかった。
まずこれらの子供たちが示すパーソナリティー障害の症状を、時間をおいて繰り返し測定した場合、症状の数の平均レベルは減少していくにもかかわらず、どの子供に症状が多くみられる傾向があるかは、青年期を通してあまり変化しない。
そしてパーソナリティー障害の症状を最も多く示した(約21%の)子供たちは、弱年成人期まで繰り返し調査を行なうにつれて、標準的な同年代の子供たちが示す症状レベルから次第に逸脱していく(Crawfordほか, 2005)。
さらに最も問題とされたのは、パーソナリティー障害の症状が数多くみられた場合、たとえそれが出現したのが青年期初期であったとしても、10年から20年後の予後にマイナスの影響を与えるのが明らかにされたことだった。
そして多くの場合そのマイナスの影響は、大うつ病、不安障害、破壊的行動障害などのDSMの1軸障害が、子供たちの予後に対して与える影響よりも重篤であり、また広い範囲に及ぶ傾向があった(Cohenほか、2005)。
あまつさえ次回に述べるように、そして少々驚くべきことに、そもそも青年期にみられるDSMの1軸障害(パーソナリティー障害と精神遅滞を除く、さまざまな精神疾患すべて)は、パーソナリティー障害と合併していない限り、しばしば一過性のエピソードにとどまる可能性があることまで明らかにされた(Crawfordほか、2008)。
これまでに挙げたような研究だけでなく、青年期にパーソナリティー障害の症状が数多くみられた場合、DSMの1軸障害が合併していたかどうかとは無関係に、子供に対して長期的な機能障害を生み出し、予後に対してマイナスの影響を与えることを裏付けるようなエビデンスが、近年になって次々に公表されている(Lofgrenほか、1991;Reyほか、1997;Johnsonほか、1999、2000;Chenほか、2006a,2006b;Kasenほか、1999、2007;Skodolほか、2007;Crawfordほか、2008;Winogradほか、2008)。
以上の知見を前提にした上で、「青年期にBPDの症状がみられた場合に、それをどのように捉えるか」という問題に立ち戻ってみよう。
青年期にみられるパーソナリティー障害の症状が、時とともに減少する傾向が見られるのは事実であるから、この時期の症状が持つ臨床的意義を評価する際に慎重さが求められるのは当然である。
しかしながら青年期にみられるパーソナリティーの病理は、決して一過性の現象とはいえないから、それを「思春期危機」や「青年期の不安」として片付けることはできない。
それどころか、このような傾向を持つ青年期患者の大半には、若年成人期に至っても深刻な問題を抱え続ける傾向が認められるのである。
したがって青年期の患者が示したBPDの病理に対して適切な評価をおこない、治療的介入をおこなうのは、第二次予防(早期発見、早期治療)の観点からも、充分に理にかなったことであると思われる。
とりあえずの結論には達した。
ただしこれまで論じてきたのは、主として青年期にパーソナリティー障害の病理が単独でみられる場合であった。
しかし青年期患者の予後に対して本当に深刻な影響を及ぼすのは、実はDSMの1軸障害と、パーソナリティー障害が共存している場合である(そしてそのようなケースはごくありふれたものである)。
そのような場合に、どのような事態が生じるかについては次回に述べることにしよう。

(この項続く)