BPDという問題 その7

今回は「青年期にBPDの症状がみられた場合に、それをどのように捉えるか」という前回のテーマの続き。
前回も述べたように、これまでパーソナリティー障害の症状は、青年期後期に至るまで安定しないとされ、青年期の患者に対してはDSMの1軸障害(パーソナリティー障害と精神遅滞を除くすべての精神疾患)についてのみ評価がおこなわれることが大半であった。
しかし青年期にパーソナリティー障害の症状がみられる場合、とりわけそれがDSMの1軸障害と共存している場合には、それが予後に対して与える影響は驚くほど大きい(Crawfordほか、2008)。
そのあたりの事情を、前回触れた「地域社会における小児研究(CIC : Children in the Community Study)」だけでなく、必要に応じて「健康と発達に関するダニーデン学際的縦断研究(DMHDS: The Dunedin Multidisciplinary Health and Development Study)」(Silvaほか、1996;Kim-Cohenほか、2003)も参照しながら、かいつまんで説明してみよう。
「地域社会における小児研究(CIC)」のサンプルを利用して、Crawfordら(2008)は青年期のパーソナリティー障害と、それと共存するDSMの1軸障害が、長期予後に対して与える影響を、以下の3つの群に分けて比較した。
第1群はDSMの1軸障害の症状がみられたが、2軸障害(パーソナリティー障害)の症状はみられなかったグループ(全サンプルの9.5%)、第2群は2軸障害の症状がみられたが、1軸障害の症状はみられなかったグループ(全サンプルの9.2%)、第3群は1軸障害と2軸障害が共存していたグループ(全サンプルの9.1%)である。
少々驚くべきことに第1群に属していた子供たち、とりわけ破壊的行動障害(ADHD、反抗挑戦性障害、そして素行障害)の症状がみられた子供たちは、経過を追っていくうちにーDSMの1軸障害ではなくーA群パーソナリティー障害(妄想性、シゾイド、そして失調型パーソナリティー障害)に罹患していく傾向がみられた。
これは一見したところ、26歳の時点で主要な1軸障害に罹患していた患者のうち、25%から60%が青年期に破壊的行動障害に罹患していたという、ニュージーランドダニーデンで行なわれた「健康と発達に関するダニーデン学際的縦断研究(DMHDS)」の結果(Kim-Cohenほか、2003)と矛盾するように思われるかも知れない。
しかしDMHDSでは、DSMの2軸障害(パーソナリティー障害)に関する評価がなされておらず、そして「地域社会における小児研究(CIC)」によれば、破壊的行動障害に罹患している子供の大半には、パーソナリティー障害が共存していた。
すなわち小児期にみられた精神障害と、成人期の精神障害の間に認められた強いつながりは、少なくとも部分的にはDMHDSで評価されることのなかった2軸障害(パーソナリティー障害)が媒介している可能性があるということである。
いずれにせよDSMの2軸障害(パーソナリティー障害)と共存しているグループ(第3群)を除外した場合、青年期において1軸障害に罹患していたグループは、成人期に至っても1軸障害を発症する傾向はみられなかったという結果は注目に値する。
では第2群(パーソナリティー障害のみがみられたグループ)の子供たちは、どのような経過を辿っただろうか。
これもまた少々意外なことに、DSMの2軸障害(パーソナリティー障害)の症状だけがみられ、1軸障害の症状がみられなかった子供たちは、20年後に何らかの精神疾患に罹患する傾向は見られなかった。
ただしこのグループの子供たちが成人するに至ったとき、問題が見られなかったかといえば全くそうではない。
学業の達成度、職業的地位、愛情あるパートナーがいるかどうか、愛情あるパートナーとの関係の質、社会的サポート(長い友情関係が保てるかどうか、など)、健康状態、生活に満足している度合、GAF(機能の全体的評定尺度)、反社会的行動、精神病的経験という10項目からなる、成人の社会的達成と機能の尺度を用いて評価した場合、これらの子供たちはその大半(8項目)で有意にスコアが悪かった。
これはパーソナリティー障害の症状が数多くみられることが、それ自体で長期的な機能不全や苦痛を患者にもたらすようなリスク要因として捉えられるべきであることを示している。
さて問題は1軸障害と2軸障害が共存していたグループ(第3群)である。
この群に属する子供たちが辿ったメンタルヘルス上の転帰は驚くべきものであり、33歳の時点で主要な精神障害に罹患するリスクは、青年期に精神疾患を示すことのなかった子供に比べてほぼ9倍に跳ね上がった。
また成人期に評価をおこなった場合、青年期にこの群に属していた子供たちは、継続的な精神科治療をより多く受ける傾向があり、また向精神薬を服用する傾向もより強かった(Kasenほか、2007)。
また学業の達成度やGAF(機能の全体的評定尺度)は、1軸障害のみ(第1群)、あるいはパーソナリティー障害のみ(第2群)の子供たちにも成人期にマイナスの影響はみられたものの、第3群の子供たちが成人期に示した機能不全はさらに一層著しかった。
DSMの1軸障害と2軸障害(パーソナリティー障害)が共存することで予後が悪化するというこの研究の結果は、成人期の患者に関して最近得られている、さまざまな研究結果と合致するものである(Newton-Howesほか、2006;Skodolほか、2005;Hansenほか、2003;Lewinsohnほか、1997;Kasenほか、2007)。
たとえばパーソナリティー障害が共存している成人のうつ病患者は、そうでない患者に比べて予後が悪化するリスクが2倍高く(Newton-Howesほか、2006)、自殺の既遂率も高い(Kasenほか、2007)。
そして成人のパーソナリティー障害の場合と同じように、青年期のパーソナリティー障害もー測定されていない場合が多いというだけの話でー実際にはDSMの1軸障害と共存していることが多いのである(Kasenほか、1999;Beckerほか, 2006; Crawfordほか, 2001, 2008)。
まとめてみよう。
青年期にパーソナリティー障害の症状がみられた場合、とりわけ1軸障害と共存していた場合には、成人期(33歳)の社会的達成や社会的機能に対して大きなマイナスの影響が生じる傾向がある。
そのマイナスの影響は、学業の達成度、職業的地位、対人関係から精神的機能にまで及んでおり、無視して済ませることが出来る程度をはるかに超えたものだ。
すなわち臨床家が青年期の患者を診察する場合には、1軸障害を評価するだけで済ませるのではなく、パーソナリティー障害の症状がみられるかどうかを慎重に評価する必要があること。
そしてもし共存している場合には、パーソナリティー障害の症状それ自体は、年齢とともに減少していく傾向があることを念頭に置きながらも、予後に関する高リスク群としてフォローし、必要とあればパーソナリティー障害の症状をターゲットとするような形で治療的介入をおこなうこと。
以上のような指針は、青年期の患者を診る臨床家だけでなく、青年期の患者とともに暮らす全ての家族にとっても有益なものであるように思われる。