はじめるにあたって

これからしばらくの間、境界性パーソナリティー障害(BPD)について、とりわけその治療について論じていくことにしたい。
このような形で公にするのはなぜかといえばその理由は簡単で、2年以上も前から書き下ろしでBPDについて何か書くと書肆に約束しているにもかかわらず、さっぱりそれを実行していないからである。
さすがに臨床の忙しさをいつまでも言いわけにしているわけにもいかなくなったとある日、はたと「日記」のように書いてみればよいではないか、と思いついたところからこの企画は始まっている。
さて「日記」のようにとはいっても、いちおう臨床に関わる文章を、インターネットという媒体を使って公表していくのだから、そう気楽に書くわけにはいかない。
さいわいなことにBPDの治療ー少なくとも私がおこなっているような、家族面接を旨とするような治療ーでは、ある患者さんにしか生じない問題、ある患者さんにしか通用しない介入というのはとても少ない。
特定の患者さんやご家族にしか当てはまらないようなことについて、わざわざ論じていくことにさしたる意義があるとは考えにくいから、当然プライバシーに触れるような内容について記すこともなかろうと思う。
さて、以上のような前置きをした上で「家族と専門家のための境界性パーソナリティー障害治療マニュアル(仮題)」である。
これはもちろんJ.G.ガンダーソンとP.D.ホフマンが編集した、「境界性パーソナリティー障害の理解と治療:専門家と家族のためのガイド(「境界性パーソナリティー障害最新ガイドー治療スタッフと家族のためにー」という題名で星和書店から邦訳が出ている)」という書物の題名をもじったもので、かねてから私はこの本の内容というより、題名が気に入っていたのである(自分で訳したからいうわけではないが、内容的にはガンダーソン自身の著作である「境界性パーソナリティー障害ークリニカルガイドー」[金剛出版、2006]のほうがはるかに優れている)。
BPDは決してまれな障害ではないにもかかわらず、専門家によって書かれた家族向けの書物の数はとても少ないし、その内容も上記のガンダーソンのものも含めて、専門家向けの書物の内容を、素人にもわかるように翻案したという域を出ないものがほとんどである。
せめてBPDの患者さんと関わりを持つ上で、家族が何をした方がよいか、何をしない方がよいかについて、そしてそれが治療者の介入とどのようにリンクしているかについて、もう一歩踏み込んだ内容のマニュアルが作れないものか。
それがどの程度かなえられるかは心許ないが、この仮題はそのような私の願いを反映したものである。
なお次回以降に私が論じる内容については、必要に応じて典拠をあげていくことにする。
これは専門家や、文献に当たってみようという奇特なご家族が、私の論じた内容の正否をチェックしやすくするための配慮である。
煩雑に見えるかも知れないが、お許し願いたい。
さて、話は「BPDという問題」というところから始まることになる。